手のひらの汗(手掌多汗症:しゅしょうたかんしょう)の外科治療
手掌多汗症とは
多汗症は手や足、腋窩(わきの下)、顔などに過剰な発汗を認める病気です。手のひらの多汗症は特に手掌多汗症と呼ばれ、幼少期から思春期に発症し、絶えず湿って指先が冷たく、緊張するとしたたり落ちるほどの発汗がみられるため、仕事や勉強、対人関係に支障をきたし、患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させます。
常時、耐えがたい苦痛を感じ、保存的な治療法が効かない難治性の手足の多汗症患者さんは全国に4.5万人いると推定されています。
治療法
保存的治療
①外用薬(塩化アルミニウム)
塩化アルミニウムを患部に長期間塗り続けることで、汗管(汗の通り道)に障害を与えて閉塞させ発汗を抑えます。長期間の使用が必要なこと(止めると発汗が元に戻ってしまう)、接触性皮膚炎が起こる可能性があること、効果の出方に個人差があることなどの問題があります。
②イオントフォレーシス
水で浸した金属トレイに手、足を入れて電流を流します。電流を通電させることにより生じる水素イオンが汗孔(汗の出る穴)を障害し狭窄させて発汗を抑えるとされていますが、治療には電流を発生させる装置が必要となります。十分な効果が出ない場合もあります。
③ボツリヌス菌毒素注射
筋肉のけいれんや痙縮(つっぱり)の治療に用いる神経毒のボツリヌス菌毒素を患部に注射します。コリン作動性神経の遮断効果で発汗を抑えるとされますが、注射時に局所麻酔が必要なこと、治療後数カ月で発汗が元に戻ること、保険適応がなく全額自己負担となるなどの問題があります。
④内服治療(抗コリン薬、向精神薬)
コリン作動性神経の遮断により発汗を抑えるとされます。不安症状を抱える患者さんには抗コリン作用のある向精神薬を用いることもあります。 しかしながら、これまでの臨床試験などから、内服治療が勧められるほどの根拠は今のところ得られていません。
※②、③については当院では施行しておりません。
外科的治療
⑤胸腔鏡下(きょうくうきょうか)交感神経遮断術
当科で行っている治療法です。背骨の両脇に沿って走っている交感神経の一部を手術で焼灼(しょうしゃく)切断(電気メスで焼き切る)します。交感神経は手のひらへ発汗の指令を伝えています。胸椎とよばれる背骨の頭側から3番目と4番目の高さで交感神経を切断すると、手のひらの異常な発汗はほぼ100%停止します。上記の①~④の保存的治療で効果のなかった患者さんでも、交感神経遮断により十分な効果が得られる可能性が高いです。
この手術を行うには全身麻酔が必要となります。胸の横から8mmほどの小さな傷口を1か所設けて、そこから胸の中を観察するビデオスコープや神経を切断する手術器具を挿入して手術を行うので、術後の痛みは少なく、傷口はほとんど目立ちません。術後の経過が順調であれば、手術翌日の退院も可能です。
手術する側の肺をしぼませて、胸の中にビデオスコープや手術器具を挿入します。
この間は反対側の肺だけで人工呼吸を行っています(分離肺換気)。
電気メスを使って交感神経を焼き切ります。
胸部交感神経切断の問題点
交感神経を遮断した場合、過剰な発汗が再発する可能性は低いですが、一旦切断した神経は元に戻すことができません。術後に得られる満足度は患者さんによってまちまちで、思っていたほど効果が出ないと感じたり、逆に発汗が減りすぎて手が乾燥してしまうケースもあります。
また、手術の前後で体から出る汗の総量が減るわけではないので、手の発汗が減った分、他の部分の発汗が増えてしまうことがあります。背中や胸、お腹、臀部(でんぶ)や太ももにみられることが多く、代償性発汗(だいしょうせいはっかん)と呼ばれています。患者さんによっては、手の発汗が減ること以上に不快に感じる方もいます。より高いレベルでの交感神経切断により起こりやすいとされており、当科では頭側から2番目の胸椎の高さでは交感神経切断を行わないことにしています。
従って、手術を行うかどうかは事前によく考えて判断する必要があります。また、両手に発汗の悩みがある場合、一度に手術をせずに片方ずつ手術することをお勧めしています。片手で術後の治療効果をよく確かめて頂いた上で、もう片方も手術するか否か判断できるようにするためです。
その他、胸部の手術時における一般的な合併症(出血、肺に傷がつくことで起こる空気漏れ、細菌による感染症、不整脈や狭心症といった心臓合併症など)がおこる可能性があります。
また、手術を受ける以前にかかったことのある胸の病気(肺炎や胸膜炎など)の影響で胸の中で癒着が起こっていると、小さな傷での手術ができないため、大きな傷で癒着を取り除いたうえで交感神経を切断する必要(開胸手術と言います)がある場合もあります。